人生の転機②:長女の死産|ひな祭りの日に起きたこと
※この記事には、死産についての記述があります。読むタイミングを大切にしてください。
1991年3月3日、ひな祭りの日。
2人目の妊娠。5月に出産予定で、女の子だとわかっていた。
その日は近所のママ友たちと、ひな祭りパーティをする予定だった。
突然の腹痛、そして産院へ
その朝、急にお腹が痛くなった。
1歳になった長男をバギーに乗せて、産院へ向かった。
産院は混んでいたけれど、受付に「出産の時のような陣痛です」と伝えると、すぐに呼ばれた。
診察の結果、先生は言った。
「もう開いていて頭が見えているから、出産になります」
長男を抱っこしたまま、分娩台へ上がった。
初めて“お産”を意識した
長男の時は、気がついたら生まれていた。
だから今回は、初めて“お産”を意識した。
ヒーヒーフーと呼吸をしながら、いきむ。
産院から家族に連絡してもらい、私の両親が長男を連れて帰ってくれた。
産院の前には、未熟児対応の病院の救急車が待機していて、
「産まれたらすぐ移動します」と言われていた。
主人も駆けつけてきてくれた。
生まれたとき、心音は止んでいた
ずっと赤ちゃんの心音は聞こえていたのに、
生まれてきたときには、音は止んでいた。
先生は「会わない方がいい」と言い、私には対面させてくれなかった。
主人は赤ちゃんを連れて帰り、一晩一緒に過ごしたらしい。
「長男が生まれたときと、そっくりだった」と話してくれた。
祖母の言葉に救われた
主人のおばあちゃんからは、こう言われた。
「あんたの悪いところを全部持っていって、あんたを助けてくれたんや」
その言葉に、私は救われた。
泣けなかった。しまいこんだ。
長女のことを、私は家族の前でなぜか泣けなかった。
そっと、わたしの心の奥の「パンドラの箱」にしまった。
嫌なことは、子どもの頃からパンドラの箱にしまってきた気がする。
その後も、自分から口にすることはなく、家族もそのことを語らなかった。
それでも私は、
1日も会えなかった彼女のことを忘れたことは一度もないし、
これからも忘れることはありません。
夢に出てきてくれることもあり、
今もどこかで私を助けてくれていると感じています。
——次回は、次男の出産の話に続きます。









