人生の転機③:次男出産|軽トラで向かった病院で起きたこと
※この記事には、出産時の大量出血・意識消失の描写があります。読むタイミングを大切にしてください。
1992年11月17日。
長女のことがあったので、次男の妊娠がわかったとき、私は実家近くの大学病院を選んだ。
長男を連れて実家で暮らし、家事から離れ、長男と公園に行ったりして、ゆったりとした10か月を過ごすことができた。
予定日の1週間前、軽トラで病院へ
予定日の1週間前、陣痛が来た。
父の運転する軽トラで病院へ向かった。
経産婦ということで、研修中の看護師さんが見学することになった。
私は担当の看護師さんに「たぶん、早く出てくるので」と伝えたけれど、取り合ってもらえなかった。
「分娩台に上がれない」その場で出産
分娩室に移動するときには、もう本当に産まれそうだった。
「分娩台に上がってください」と言われても、
私は「無理です。動くと産まれそう」と答え、その場で出産となった。
産まれた次男を抱っこさせてもらって、そこまでは元気だった。
その直後、激しい痛みと大出血
けれどストレッチャーに乗って部屋に移るとき、突然、激しい痛みが来た。
「お腹が痛い」と伝えると、「後産でしょ」と言われた。
でも私は訴えた。
「後産の痛みは知っています。これは出産より痛い」
そのまま分娩室に戻り、私は大出血で意識を失った。
気がついた先は、天国のような花畑
気がつくと、そこは天国のような花畑だった。
痛みから解放され、ただ心地よい感覚。
「魂が体を離れると、苦痛はなくなる」と聞いたことがあるが、
本当にそうかもしれないと思った。
その頃、主人は主治医から「今夜が山です」と告げられていたらしい。
でも私は、再び痛みのある現実に戻ってきた。
輸血を受けて助かった。大きな病院を選んでいてよかった。
「長女の次は、私だったかもしれない」
そんなふうに思う。
ひと月の入院と、家族の支え
ひと月ほど、次男と一緒に入院した。
長男は実家の両親が世話をしてくれた。
妹も独身で家にいたので、長男はみんなに可愛がられ、一度も泣かなかったらしい。
命は、与えられているもの
——命は、与えられているもの。
生かされた私は、この命をどう使うのかを問われた気がした。











