2026-02-05
両親のこと|昭和一桁生まれの背中
※この記事には、ご両親の逝去に関する記述があります。読むタイミングを大切にしてください。
昭和一桁生まれの両親の小学校時代は、戦争中だった。
父のこと
父は静岡県・伊豆半島の松崎町。山に囲まれた田舎の出身。
学校を出て大阪へ出て、丁稚奉公をした。
その後、結婚と同時に独立し、ミシン屋を始めた。
高度経済成長の時代。朝から夜遅くまで働いていた。
母のこと
母は大阪出身。
けれど自分のことを一切語らない人で、生まれた場所や兄弟の数さえ、亡くなるまで知らなかった。
母が亡くなってから戸籍謄本を取り寄せて、初めて知った。
小さい頃の私と、家の空気
店を手伝う母の代わりに、私は小さい頃からご飯を炊く係だった。
物心ついたときから、なぜか母が嫌いで、父のことは大好きだった。
父と一緒に仕事へ行き、公園や映画館に寄った思い出がある。
父は浪曲が好きで、映画はチャンバラや戦争ものばかり。
母はクラシックや文学を好んでいた。
父は「子どもを身分不相応な学校に通わせている」と思っていたらしい。
でもたぶん、それは母の夢を受け入れたのだと思う。
ふたりの最期
父は脳梗塞で倒れ、1年7か月の闘病の末、88歳で亡くなった。
その後、母も転倒をきっかけに車椅子生活になり、施設へ。
コロナで会えない時期もあったが、のちに私の家の近くの特養に移り、92歳で老衰で亡くなった。
——好き嫌いの感情はあった。
けれど、両親の背中を見て育ったことは、今も私の中にしっかり残っている。
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